スズキ日記

くだらない思いつきを書き留めたくて作りました

深夜テンションで書いた小説

ホテルのエレベーターはティープレスのようだった。

熱いお湯を注がれて、舞い上がっていた私をゆっくりと抑えてゆく。うまみも、香りも、苦味も、渋みもなくなって、出がらしになった私はまた、母としての振る舞いに戻る。

 


エレベーターを降りて駅へと向かう。

その道すがら、さっきまでの彼とのことを思い出す。いつからだろうか、彼とこんな関係になったのは。

大学の後輩だった彼は、いつも困った顔をしていた。子供っぽくて嫌味も言うが、それでいてどこか放っておけなかった。

彼が私を頼る時の

「先輩、だめですか?」と言う言葉は、もはや口癖のようだった。そんな彼の甘えてくるところが、情けなくも、可愛くもあった。

 


卒業からしばらくして、彼から泣き言のような連絡があったのは冬のことだっただろうか。お互い社会人としての振る舞いを覚えてしばらく経った頃、会って話を聞いて欲しいと伝えられた。

仕事帰りの姿で最寄り駅まで来た彼は、いつもの困った顔をしていた。

てっきり仕事での失敗の話や会社で言えない愚痴かと思いきや、彼の口から出てきたのは失恋話だった。やっとの思いで付き合えた女の子と、クリスマスを前にして別れてしまったのだと言う。

そんな話なら私でなくともいいだろうと、興味ないそぶりで帰ろうとした。すると彼は、だめですか? と俯いたのだった。その姿が、なんだか放っておけなかった。

私を頼ってくる彼は、私を学生気分に戻させたのだろうか。

 


せっかく久しぶりに会ったのだし、仕方ないか、なんて言いながら、彼に食事をご馳走することにしたのは、私も腹ペコだったからだ。

普段は行かないような、少しだけ贅沢なホテルのディナーを食べながら、彼の話に耳を傾けた。

共通の趣味で知り合った1つ上の女の子と知り合ったこと。趣味を口実にデートを重ねたこと。クリスマスも近いこの時期にプロポーズをしたものの、大切な趣味の友人でいたいと言われたこと。それからしばらく、音信不通であること。寂しさで、とにかく誰かに話を聞いてもらいたかったこと。

意外にも年上に手を出そうとしていたことや、趣味を続けていたこと、少しだけ大人びた彼の姿などで私の関心は逸れていたが、大まかにはそんな話だった。

あの時から変わったようで、彼のままでいた彼は、やっぱり可愛いままだった。

 


最後に会った時より、少しだけ男らしくなった彼が、情けなくも甘えてくる姿に心を許してしまったのかもしれない。

彼の話に付き合う内に、帰りの電車を逃してしまった私は、自分で思うより酔っていた。

しかし、それ以上に酔いつぶれている彼を抱えて、休もうと部屋を取ったのだ。

 


部屋の窓から見下ろした夜は、ゼリーで閉じ込めたように輝いていた。

丸くなっている彼の手を取ったのは、私からだったと思う。

それでも、傾きつつ揺らぐ私に

「だめですか?」と甘えてきたのは彼だった。

寂しさを抱えた彼を、甘やかしたいと思った。

 


でも、ずっと彼の言葉に甘えていたのは、私の方だ。

 

 

 

駅に向かう道に寄ったデパ地下で、カニクリームコロッケを買う。

こうして息子の好物を買ってしまうのは、罪悪感なのだろうか。自分でもわからない。

全てがズルズルと、習慣のようになってしまっていた。

仕事と言って家を出ることも、約束の時間より少しだけ早く着いてドラッグストアに寄ることも、夕飯までに帰ると言って彼を部屋に残していくことも、こうしてコロッケを買うことも。

 


温め直したコロッケをおかずに、食事の用意をする。

おいしいね、と食べる息子は旦那の連れ子だ。もう中学生になる彼は、難しい時期だが私に懐いてくれる。そんな息子のことが、私も好きだった。

 


忘れないうちにと、洗濯カゴに放られた部活のユニフォームを手に取った。汗をかいた後の服は早めに洗ってしまわねばならない。汚れが落ちにくくなってしまうから。

洗濯機を回す前の、洗剤を入れる一瞬に嗅いだ汗の匂いに、昼下がりのことを思い出す。

いけないとは知っている。はやくしなければ、落ちない汚れになるかもしれない。

それでも、彼の言葉に甘えてしまう私を、私は嫌いになれずにいた。